<読書感想文日記と化している最近>
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現実逃避な日々は善か悪か
「生きる意味って何」
「自分の存在価値って何」
「夢があるから頑張れる」
「好きなことがしたい。でも出来ていない自分が情けない」

こういった言葉をネット上で目にしたり、たまたま呼ばれた飲み会の席で良く耳にする。

みんな生きるのに頑張っているのだなぁと思う。
じゃぁ、私は?

2004年の1月3日。
忘れもしない。私の中の一部が、ごっそり無くなった日。
この日までの私は、他のどの人よりも人間らしかったように思える。己の情けなさに号泣し、歯を食いしばり、負けるもんかと必死だった。

そして、遂に糸が切れた。
別に、「原因」を責めている訳じゃない。否、責めていたのは事実だ。でも本当に責めていたか、といえば・・・。今では忘却の彼方。今の私には、どうでも良い事である。

色々な事に「面倒くさい」が私を蝕むようになった。

一応、頑張ってみたりする。仕事、家事、趣味、思考、エトセトラ。
でもやっぱりスグにダメになる。
それって、いわゆるNEETでしょ?と言われそうだ。

じゃぁ、NEETは自分の意識があることをツライと思うことはあるのだろうか?
朝目が覚めて自分の四肢を見て、おかしな絶望感に苛まれることはあるのだろうか?

NEETが、私と同じかどうかは別として。
(そもそも「NEET」という単語自体キライだ。明治大正の時代から、働かないでプラプラしていた人なんぞ山ほどいたのに。気が付けば「NEET」やら「引きこもり」やらの単語が蔓延している。なんでもかんでもカテゴライズしなければ気が済まないのだろうか)

思考している自分自身が苦痛になることがある。
だから私は、「現実逃避」をする。
ゲーム?ネット?本?映画?音楽?違う違う。

思考してる自身を忘れるのには「寝る」のが一番だ。
幸い、不眠症で睡眠薬は処方されている私だ。クスリを飲んで寝る。

誰も私を責められないさ。ホントウは「糸が切れた」あの日から私は、生きているのかいないのか分からないで、誤魔化し誤魔化し生活しているのだから。
自暴自棄にならないで、健気にもバイトをしたり、今抱えている「電車に乗るのが困難」というパニック障害と向き合っているのだから。

こんな私でも国民の義務は果たそうとしているのだよ。

ブログの題名を「UNDERCURRENT」にしたのも、自身が矛盾を抱えつつ暗流しているから。

生きる活力を。私に。
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